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第13話 「決戦! イユVSブルック」 7
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 知恵を持つ魔者と戦ったことは過去何度もある。だが、何だろうか、この違和感は。彼が魔者であることは間違いようがない。だが彼からは魔者を前に必ず感じる暴力的な殺意がないのだ。イユを倒そうとする意思は感じる。殺意もある。ただこれまでの魔者に必ずあった本能による暴虐さがない。その代わりに、何かに似た感覚を覚えた。

【考え事をしている余裕があるのか?】

 声と共に烈風が吹きぬける。イユは紅雪の警告に従い体を低くしてそれを避けるが、避けそこなった不可視の風のために背中を裂かれた。

「くぅっ!」

 歯を食いしばるが、鋭い刃で切りつけられたかのようにスパッと裂けた傷の痛みに耐え切れずその間から苦痛の声が漏れる。

【避けたか。――だが無駄だ】

 言下に再び巻き起こる烈風。今度は真上から垂直にイユに降りてくる。すぐに避けようと足に力を入れるが、背中の痛みでなかなかそれは叶わない。結局身を崩してしまったイユはそのまま烈風の脅威に晒される――かと思われた。

 烈風が地面を大きく抉った場所にイユの姿はない。その姿は、少し離れた木の側にある。手にされているのは鞭の形をした紅雪。風が到達する直前に変化させ、それを木の幹に巻き付けてそちらに身を飛ばしたのだ。正確には紅雪が縮んで引っ張ってくれたのだが。

「いったいわねー」

 紅雪が変化したので鎮痛効果が働く。イユは痛みを感じさせない動きで立ち上がると鞭を構え、一拍も置かずに振るった。風を切る音と共に紅雪は勢いに乗ってザンディスに迫る。

【単調な攻撃だな、ダイヤ】

 ザンディスが片腕を挙げそれを防ごうと風を起こそうとする。しかし、その直前紅雪は大きく軌道を変えた。直角に曲がったと思えば大きな曲線を描いて真横から迫ってくる。残像が残るほどの攻撃速度にザンディスは小さな舌打ちをすると翼を丸めて重力に従った。自由落下の速度は狙い通り紅雪のスピードを上まる。頭の上を紅雪が通り過ぎていった。

 だが、次の瞬間ザンディス――ブルックの体を何かが刺し貫く。

【な、に……っ!?】

 ブルックの細い体を、そのへその脇辺りを真正面から一直線に貫いたのは一本の鞭。見れば地上のイユは2本の鞭をその手にしていた。いつの間に分離したのかは分からないが、どちらも間違いなく紅雪だ。

「さすがに二分の一だと威力も少ないわね。でも、傷付けられただけマシかしら」

 腕を引くとブルックの体の向こうに行っていた鞭の先端がそのまま後退する。だがそれの先端は矢じりと同様のつくりになっているらしく、力づくで引かれるとそのたびに腹の中の肉を引き裂いた。

【ぐっ! ……少女に対して非道だな、ダイヤよ】

 鞭を握るが中がザンディスであろうと器は特殊能力に頼りきりのブルックのもの。その手に力は入らず小刻みに震えていた。哀れであり、罪悪感を誘う姿ではあるがイユは苦い顔のまま笑う。

「全くね。自覚はしてるわ。でも、容赦できない。あなた強いでしょ?」

 容赦できないという言葉を証明するようにイユは腹の半ばで引っかかった鞭を強引に引き抜く。それと同時に真っ黒な血の花が空中に咲いた。ザンディスは口の中で苦痛の声を漏らしたようだがその表情は眉を少し歪めたくらいで他は変わらない。不敵な笑みを浮かべたままの彼を睨みながらイユは紅雪を1つの鞭に戻した。そして間を置かず再び鞭で強襲しようとした時、その目標に異変が起きる。

【うぅ、うあああっ!】

 それまで微塵も痛がる様子を見せなかったザンディスがいきなり傷を押さえながらもだえ始めたのだ。驚いたイユだが、すぐにその主が違うことが分かった。

「この声は――ブルック?」

 痛みに上がるうめき声は先ほどまでの低いものではなく最初に聞いた甲高い声。あの体の本当の持ち主の声だ。突然の交代に驚いているイユをよそに、ブルックは大声を出して彼女の中にいる魔者を罵りだす。




 

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