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第13話 「決戦! イユVSブルック」 10
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【避けてんじゃねーよカス騎士がッ! あのクソボケ滅したくらいで何勝負終わったみたいな面してやがんだ!!】

 連続して、しかしめちゃくちゃに放たれる風を避けながらイユは眉を寄せる。

「あんたね、ザンディスが消えて何とも思わないの?」

【思うわけねーだろうがっ、あたしは魔者だ! あんなジジィが消えたところで何を思えってんだ? ああ!?】

 片手を大きく振りかぶり何かを投げ付けるような動作をすると風が塊となって投げ落とされた。避けきれず、その塊はイユの左肩に当たる。ゴキリと鈍い音と痛みが訪れ骨が外れたことを知らせてきた。イユは叫びたいのをこらえ、眉を寄せてブルックをじっと見上げる。

 "アレ"を、彼女はどうやら自覚していない。

「――ザンディスは、あんたを愛したでしょう。それなのに?」

 問うと、ブルックは噛み付くように吼えた。

【黙れッ。愛なんて胸糞悪いものあたしには必要ないっ! あんなジジィ死んで清々したんだよっっ!!】

 叫ぶブルックを、イユは悲しく見つめる。きっと彼女は生まれたときは普通の、破壊と悪意の塊だったのだろう。それが"こう"なったのは、きっとザンディスが長く寄生していたため。その性質と、彼の包むような愛情が、彼女を"こう"した。

 ザンディスを罵る言葉の、そのなんと空々しいことか。

 彼女は気付いていない。彼女の頬を伝う雫を。両目からたまることなく零れていく水の粒を。

「――もう会いたくないわね、あんたたちみたいな魔者」

 イユは紅雪を鞭に変化させる。そして、空のブルックに向けて大きく振るった。風を起こしそれに対抗しようとしたブルックだが、眼前で突然垂直に下降したそれを追うことは叶わず、戸惑っているうちに後ろに回りこんだ紅雪に両の羽を貫かれる。あっさりと優位点を手放した彼女に、イユはもはや戦意がないことを量らずとも悟ることが出来た。羽に痛覚はないのか悲鳴の1つも上げず、重力に任せ頭から自由落下してくる彼女は、どこか虚ろだ。

 他に魔者がいれば、もしかしたら彼女を助けたかもしれないが、今近くには他の魔者はいない。助けは期待できないだろう。……もっとも、彼女はすでにそんなことは望んでいないのかもしれないが。哀れともいえるその状況に、しかしイユは同情するわけにはいかなかった。頭上まで落ちてきたブルックに向けて無事な右腕を上げる。その時紅雪の姿は短槍に変わっていた。

「さよなら、悲しい子」

 言下に突き出される紅雪。その勢いと重力に本人の体重も加わると、紅雪は深々とブルックの胸に突き刺さり、突き抜けた。顔に降り注ぐ黒い鮮血と虚ろな彼女の双眸に、腕にヒトと同じ重さのかかる抜け殻に、イユは改めてヒトの"罪"を見つめた気がした。

 ゆっくりとブルックを抱き下ろし地に横たえてから、紅雪を小脇に抱え、左肩の骨を入れなおす。しばらく痛みに無言で耐えたイユは、顔にかかった血を拭った。そして、群がっている騎士たちを掻き分けて元来た道を塞いでいる魔者たちと相対した。そろそろ後ろの面々追いついてきているはずだと希望を込めて、イユは再び鞭に変わった紅雪を振り上げる。

「お・ど・きっ!!」

 脅しかける声音は妙に迫力がある。そのせいか、魔者たちのみならず騎士たちすらも身をすくめさせた。そしてそれらの視線の中で、紅雪は風を切ってしなやかに舞う。




 

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