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第14話 「ディストレス」 1
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「……嘘……!?」

 信じられないと言わんばかりに顔を引きつらせてティナは自分の手を見た。何故その行動が出来るのかが不思議でならない。自分は確かに全てをレティシアに返したはずなのだ。現に、ティナは赤い光を確かに見ている。《スペード》の赤い光を。その光を纏った"彼女"を。そして聞いた。"彼女"の声を。

 それなのにどうして、今表に出ているのが自分なのだろうか。

「――どうしてレティシア。全部返すよ……? 謝るから……っ、お願いだからみんなを助けてよ――……っ!!」

 震える声で囁き続けるティナの真正面に、音もなく影が降り立つ。通常であれば戦わなくてはと反応するティナも、その時は微塵も動かなかった。――否。動けなかった。力なく俯いていると、眼前に立った影は嘲りの色を込めた声を降り注ぐ。

【レティシアはあんたの頼みなんて聞きたくないってさ】

 聞くはずのない名前を聞き、ティナはばっと顔を上げる。

 そして目を見開いた先に映るのは、あまりにも見慣れた姿。たとえば毎朝鏡の前に立つたびに見られるそれは、たとえば湖を覗き込むと見られるそれは、たとえば水たまりやガラスの側に立てば見られるそれは。

 その姿は、ティナのもの。

 ティナの姿に黒いフィルターをかけたようなソレが魔者であることはすぐに分かった。しかし驚愕と疑問は尽きない。

 何故魔者が自分の姿をしている。

 何故魔者がレティシアの名を知っている。

 "コレ"は、いつ生まれた――?

【何その顔? 私に何を聞きたいの? 何であんたの姿をしてるか? どうしてレティシアの名前を知っているか? いつ生まれたか?】

 見透かしているかのようにクスクス笑いながら尋ねてくるソレを、ティナはキッと睨みつける。その目が不快だったのかソレは地面を蹴って土をティナの顔にかけた。咄嗟のことに避けきれずティナの髪や顔は土にまみれる。

【教えてあげるから絶望してよ】

 睨むことすら忘れて呆然とするティナの前に、ソレは馬鹿にしたような笑みを浮かべながらしゃがみ込む。

【私はあんたから生まれた、あんたの劣等感の塊。だからあんたの嫌いなこの姿をしているし、レティシアのことも知ってる。生まれたのは――ほんの1日前。あんたが心から憎しみを呟いたあの時、流した涙に誘われて、私は生まれたわ】

 ほんの1日前。涙を流した時。ティナはそのたった2つの条件からその瞬間を導き出した。それは昨晩、ジョーカーに夢の話と銘打ちレティシアを心配する話をされた後のこと。ジョーカーが、アズハが、狼籐が、他の全てが、自分ではなくレティシアを求めているのだという悔しさと悲しさが押し寄せてきたあの時。あの時、確かにティナはレティシアを憎んだ。惨めな自分をこれ以上増やしたくなかった。だから呟いたのだ。自分の中に潜む真の《スペード》に対する憎悪を。それこそ、魔者が生まれてもおかしくないほど強烈な感情で。

 目を見開いて絶句すると、ソレは鮮やかに笑った。

「い〜い顔。私あんたにそういう顔させたかったのよ。大っっ嫌いだから」

 晴れ晴れと、ティナにも出来ないような笑顔をティナに向かって示してくる、ティナと同じ顔の魔者。何も言えずにそれを見つめた次の瞬間、険しい表情をしたかと思うとソレは片腕を振るった。爆音と爆煙が広がる。何か――恐らく魔者の力の塊――が投げ付けられたのだとはすぐに分かった。

 しかし一体何がどうなってそうなったかは分からない。ティナが困惑に言葉を失っていると、ソレは厳しい声を発する。



 

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