第14話 「ディストレス」 3
手を引かれた。
はっとしてつぶっていた目を開けると、"彼女"が視界に入ってくる。ティナが思わずその名を呟くと、レティシアは優しく微笑んだ。過去一度たりとも見たことのないそれに、ティナは一瞬言葉をなくす。
(笑った? レティシアが――?)
驚きを隠せずにいると、レティシアは優しく頬を撫でた。先ほどディストレスに叩かれたところだ。
「まだ」
ティナとよく似た、けれどそれよりずっと澄んだ声が紡がれる。昨夜聞いた声とは全く違う声だ。
「まだ、思い出せないの?」
何を、と彼女は言わない。けれどそれは不思議なことにティナの記憶の門の鍵を開けた。
『はじめまして、新たな《スペード》。「罪を" "咎人」よ』
降り注いでくるのはセルヴァが最初にティナ――レティシアに与えた言葉。その声は確かにティナの耳に届いた。今まで思い出せなかった部分まで、はっきりと。
目を見開いて暗い世界を見上げる。果たして幻か現実か、そこに一筋の光明がほとばしった。
「思い出せた? どうして《スペード》がそう呼ばれてるかも」
レティシアの問いかけに、ティナは驚くほど素直に頷く。何故だろう、あんなに否定し続けた彼女を、今は素直に受け入れられた。
「ティナ、あの子あなたにそっくりね」
レティシアはまるでそこに対象がいるかのように顔をある方向に向けて囁く。あの子、とそれが誰を指すのか一拍開けて気付いたティナはむっとした顔をした。レティシアは柔らかく笑ってその頭を撫で優しく語りかける。
「《スペード》は、誰よりも深い劣等感を持ち、それゆえに魔者を生み出してしまった者。でもそれだけじゃ駄目。この後の行動が《スペード》と普通の人とを隔てる。どうすればいいか、もう分かってるよね?」
「……あなたがやって。私は世界に必要ない」
小さな子供のようにそう言ったティナに、レティシアはゆっくり頷いた。
「ええ、やるわ」
了承を得られティナはほっとした。……胸が痛いのはきっと気のせいだ。
「――うん、よろし」
「だけどあなたと一緒によ」
後を任せるという頼みを半ばに遮った言葉にティナは自然と落としていた視線を上げてレティシアを見る。眼差しは、ただ優しい。
「私は、" "」
告げられたのははじめてレティシアの声を聞いた時に彼女が必死でティナに伝えようとしてきた言葉。あの時は聞き取れなかった言葉が、今ははっきりと聞こえた。ティナは長い時間をかけて頑なだった頬を緩め、鏡に触れるように片手をそっと前に出す。映したようにレティシアも同じ行動をとった。
2人の手が触れ合った瞬間、赤い光が暗闇を埋め尽くす。