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第15話 「《スペード》の目覚め」 1
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 迫り来た魔者たちは自分達にたどり着く前に次々と打ちつけられて絶命していく。しなやかな武器の正体は長い軟鞭。それが後方から伸びてきていると気付き、ティナはばっと振り向いた。視線の先で、3人の見慣れた顔がさも余裕そうに言い合いをしている。

「うっわ。鞭だってよ鞭。こいつの性格超出てんじゃん。合いすぎだろ、趣味悪ぃけど」

「そう言うなエルマ。異常に、いや、こう見えても見事な武器だ」

「文句があるならはっきりお言いあんた達。しばくわよ」

 この場に在っていつも通り――否、いつも以上に余裕な彼らにティナは思わず苦笑する。反対に、ディストレスは状況不利と見てティナを突き飛ばすと大きく飛びのいた。その姿に、隊長3人とその後ろについていた他の隊員たちが騒然とする。

「おぉ!? ブラックティナ登場!?」

 真剣に驚いてふざけたネーミングをするエルマの声にディストレスは膝を崩しかけた。やはり彼女は自分から生まれただけはあるなとそれを見つめる先で、魔者が数体その背に踊りかかる。

「ディストレスッ!!」

 思わず叫んでしまったがさすがに元が違うだけあるようだ。ディストレスはそれを避けると同時に襲い掛かってきた全てを返り討つ。黒い雨と肉片で埋まった地面の上から、ディストレスはジャズベリンを睨みつけた。何をするとは聞かない。魔者にそんな問答の必要な皆無。ただ目の前の相手が敵になった。それだけ。こんなにどこにいたのかと問いたくなる山のような魔者の群れがディストレスと騎士たちを取り囲む。しかし隊長3人をはじめとした騎士たちは恐れた様子を見せずにそれぞれの武器を構えた。

 その様子を見たティナは呼吸を正して、いつの間にか落としていた狼籐を拾い上げる。相棒から拒否は感じない。それどころか、待っていたとの歓迎の言葉が送られてきた。ティナはふっと頬を緩めると、狼籐を地面に水平になるように構えた。



 大丈夫。出来る。



 頭の中の呟きに応えて、狼籐が輝きだす。強い光が晴れた時、ティナの手には雌雄一対の刃のついた円形の武器――飛圏が握られていた。直径30センチほどのそれを両手に構え、ティナは振り返り両腕を大きく後ろにそらす。

「ディストレスと決着つけなきゃなんないんだからっ。雑魚は、どいてろぉぉっっ!!」

 強い気迫と共に飛圏が放たれた。それは凄まじいスピードで風を切り裂き突き進むと、まるで主の意思を汲んだように自ら複雑な動きをしてティナとディストレスを阻む魔者たちを斬り倒していく。開かれた視界。ティナは大きく曲線を描いて戻ってきた狼籐を受けると元の形に戻してから歩き出した。大きな動きのためかその姿は堂々としており、先ほどまで魔者に力を与えていた力なき《スペード》と同一人物とはとても思えない。

 他の魔者と騎士たちが戦い始めたために誰にも邪魔されることなく目的にたどり着くことが出来た。ティナは揺れた双眸で自分を睨みつけてくる自らの"罪"を真正面から見つめる。そして、今一歩近付き、手が届くほどの距離に近付くと――何を思ってか、武器を捨てた。偶然視界に入れた誰もが驚く中、ティナはそのうちの1人であるディストレスの首に手を回して間髪いれずに抱きつく。伝わる熱は、人と同じ温度。それを感じながら、朗々と告げた。

「あなたを受け入れるよ、ディストレス。あなたは私が犯した私の"罪"。受け入れるのが筋だもんね。何より――」

 ディストレスは離れようとしない。それどころか、疲れたように、どこか期待したように、複雑な表情で黙っている。

「《スペード》は己の"罪"を受け入れた咎人。自分が生じさせた魔者を受け入れられて《スペード》ははじめて《スペード》たりえる。だから」



 おやすみ――。



 囁かれた言葉に、ディストレスはその名を捨てて微笑んだ。淡い赤い光が彼女を包むと、それは欠片すら残さずにティナの中へと消えた。残されたぬくもりを抱き締めるようにティナは自分を抱き締めて微かに体を傾ける。心の中に満ちた黒い思い。しかしそれは徐々に姿を変えてティナの中に溶けていく。

「――……ありがとう、あなたが教えてくれたんだよ」

 この愚かさを。この弱さを。この"罪"を。

 二度と彼女を苦しませないこと。それは通じて、二度と《スペード》の力を損なわないことになる。深い感謝をささやきに込めて世界に放ち、ティナはすぐに表情を一変させた。

 戦いは、まだ終わっていない。



 

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