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第15話 「《スペード》の目覚め」 2
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 睨みつけた先にいるのは苦々しそうに眉を寄せて唇を引き伸ばしているジャズベリン。その後ろにまだ大量にいる魔者たち。ティナは狼籐の末端を踏みつけて"てこ"の原理で手元に引き戻す。その間も魔者たちから目はそらさない。ジャズベリンは思考をフル回転させ顔中の筋肉を駆使して余裕ぶって笑いかけて見せた。

【これは見事だな《スペード》。さすが傲岸なる人間は違うな。我らに協力し味方を苦しめた罪悪を忘れたか】

「バッカじゃない?」

 すっぱりと切り返されジャズベリンのこめかみに青筋が浮かぶ。ティナの声が聞こえる範囲で戦っていたエルマが吹き出した。

「今さらあんたのくだらない言葉になんて踊らされない。その証拠に、私が強くしたはずのあんたたちを全員一匹残らず消してやる」

 強気な言葉が閃く。後方ではエルマ同様彼女の声が聞こえる範囲で戦っていたアズハがずっと驚きっぱなしだった彼女の変化の理由を飲み込み一人頷いていた。

「受け入れたか……少々開き直りの感もあるが……」

 まぁいい。こちらの方がよほど《スペード》らしい。アズハが安堵の息を吐くと、それに示し合わせたように硬質の棒が視界を横一文字に遮った。何かと思う必要もなし。アズハは軽く身を引くと茜日に包まれた拳を大きく振り下ろす。悲鳴と共に魔者の死体がひとつ転がった。

「ぼんやり立ち止まってんじゃないわよ。まだ終わってないんだからね」

 短槍に姿を変えた紅雪を閃かせてアズハの危難を救ったイユが、長さの半端になった髪をかき上げ文句を言う。アズハは一言礼を言うと茜日を大剣に変化させた。

「ま、気持ちは分かるわよ。あの子すっごく吹っ切れた顔してるもの」

 ふっとイユの頬が緩んだ。と思うとそこに黒い血が飛来する。イユは不愉快そうな顔をしてそれを指で拭い払った。

「――ちょっとエルマ! あんた怪我だらけなんだからちょっとはじっとしておいでなさいよ」

「ヤーダよ。オレだってまだ戦えんの。ティナに全部やってたまっかよ」

 本来両手につけるクローも烏葉の気遣いか今はひとつきり。それを器用に扱いあちこち動き回る彼は怪我人とは思えないほど軽やかである。先ほど巻かれたばかりの真新しい包帯はすでに血と泥に染まって汚れきっている。その彼が手にかける魔者の数を見て、アズハは改めて気を入れ直した。

 ここが、正念場だ。

 ハートが改めて行動を開始したのに合わせて騎士たちも喊声を上げる。ジャズベリンはそれを見て内心焦っていた。数の上ではこちらがまだ圧倒的に有利だが、いかんせん最高級の力の供給源が消え力は先程よりも格段に落ちている。

 あと使えるとしたら――。

 視線を巡らせたジャズベリンは、自分の横に控える魔者の足元に目を留めた。そうだ、まだ"これ"がいた。にやりと唇を引き伸ばし、ジャズベリンは口早にその魔者に命令を下す。

 それに気付いていないティナは狼籐を飛圏に変えて襲い来る魔者を次々と斬り伏せていく。両手に持って、振り回しているのか振り回されているのか分からない様子だが、確実に魔者は滅していた。そして魔者が滅して出来た死体の道を、ティナは少しずつ前進する。目指すは頭角の魔者。アレを滅すれば全てが終わる。何よりアレの近くには"彼"がいるはずだ。

 一点を懸命に目指すティナ。するとその視界の端で、何かが動く。ハッとソレを振り返れば、羽と鉤爪を持つ魔者が両手両足で人を掴んで飛び上がっている真っ最中だった。その「人」というのが――まぎれもない、"ティナ"の探し人である。ティナは考える間も惜しむように狼籐を投げつけた。動作が足りなかったので途中スピードが落ちかけるが、ティナの意思を反映するようにそれはすぐにまた速くなる。空に浮かび上がったばかりの魔者に他の動作が取れるわけもなく、ソレは呆気なく狼籐の餌食となった。

 血を噴き落下していく魔者は最後の力を振り絞ってハイネルを投げ捨てる。ティナは魔者の最期は見届けず、それなりに低い位置から落下してくるハイネルを受け止めるべく駆け出した。いくら低空とはいえ気絶している以上少なからず危険がある。そう考えて真下にたどり着いた頃に、ハイネルが腕の中に落ちてきた。衝撃のせいで共に倒れてしまったが、何とか支えきる。

「ああもう、あと10年くらい体が成長してれば倒れずに済んだのに」

 ぼやいてからティナは青年の口元に耳を寄せる。そして絶えることなく呼吸が繰り返されているのを確認すると、ほっと息を吐いて表情を緩めた。

 緊張が一気に削そがれたその瞬間が、かの魔者の待ちわびた時。




 

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