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おわり  1        

終わり


 天人が去った後から、かぐやは佳人の装いを捨て去り、おおっぴらに武人の才能を発揮する毎日を送っている。嫁入り条件など「自分に勝てたら」のひとつに統一された。驚異的な力を持つかぐやだが、その美しさが変わるわけではなく、この話を聞いた男たちは上から下まで大騒ぎ。腕に自身のある者たちが昼夜問わず挑んできた。
 もちろん、その誰もがかぐやに痛い目に遭わされて帰っていくことになったのは言うまでもないことだろう。



「あーあ、またやられたよ」
 青痣をこしらえた若い男が大きな音と共に倒れる。光典は家の柱に寄りかかって痛ましげにその様子を眺め、半笑いを浮かべた。
「久しぶりだな、光典殿」
 すると、背後から力強い男の声がかけられる。見やれば、ひと月以上振りに顔を合わせる月の武人・羅快が立っていた。彼の後ろには呆れた顔でかぐやの様子を眺める赫陽がいる。光典は彼らに軽く頭を下げて挨拶を返した。
「もう身体は大丈夫なんですか羅快殿? 赫陽殿は落ち着かれましたか?」
 二人の顔をそれぞれ見ながら問いかければ、赫陽は「まぁ……」とだけ答える。この所先日の騒ぎを収集するため駆り出されていた光典には、正直まったくと言っていいほど赫陽が掴めていなかった。それゆえ、その素っ気ない対応が不慣れゆえなのか地上人を嫌うゆえなのか、はたまた騒ぎの中矢を射かけた光典ゆえなのか判断が出来ない。
 苦笑を浮かべると、羅快は申し訳なさそうに眉を歪めて笑って肩を竦めてきた。
「自分は大丈夫だ。翁殿も嫗殿も我々によくしてくださる」
 気をそらせるように羅快が答えたので、光典もそれに応じる。無理に詮索していたずらに赫陽を傷付ける気にはなれなかったのだ。どうやら彼も、父母によく扱われなかったひとりのようだから。
「そういえば、光典殿には伝えていなかっただろうか。月が革命軍によって平定されたらしい」
 さらりと伝えられた内容に、光典は少し間を空けてから聞き直してしまう。すると、縁側にゆるりと腰を下ろした赫陽がかぐやの様子を見ながら言葉を続けた。
「元々追い詰められていたんだよ。かぐやのおかげで国取りに成功したけど、元を正せば器以上の野望を抱いた矮小な男だもの。月全てを治めるなんて土台無理な話だったんだよね。ここ数年はずっと革命軍との戦が続いていたんだ。それなのに、諫言が煩わしいからと、国でも数少ない有能な武人である羅快を戦線から外す。最後の手段だったかぐやは戻らない。それで国を守れるはずがない。両親と弟たちは首を刎ねられたんだって。いい気味だよね、眼前で見られなかったのが残ね……ん……」
 先ほどの無愛想が嘘のように麗しい笑みを浮かべて流暢に喋り出したと思ったら、赫陽は再び沈黙する。
「赫陽殿?」
 少々面食らいながらも光典が「どうされた?」と言外に込めて呼びかけた。すると、赫陽は叱られた子供のようにばつの悪そうな顔をする。
「……そう言ったら父様たちに怒られた」
 どうやら、ように、ではなくその通り翁たちに怒られたようだ。
「赫陽殿だけ怒られたのか? かぐやも嬉々としてもっと過激なことを言いそうだが」
 視線を向けた先のかぐやは2人がかりでかかってきた男たちをあっさりとのしている所だった。
「流石によく分かっているな。……ご予想の通りだ。姫様の方が凄かったので若様よりも厳しく叱られていらっしゃった。が、あの性格だからな。まるで気にしてらっしゃらない」
 どうやら同じように実の父母の愛情を満足に受けて育って来なかった姉弟のようだが、かぐやはその後翁たちに育てられている。彼らの優しさも厳しさも慣れたものなのだろう。一方の赫陽は愛情を持って叱られることに慣れていないため、必要以上に落ち込んでしまっているようだ。




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