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おわり    2      

 見た目は似ているのに似ていない姉弟を見比べて、光典はつい声に出して笑う。それが不愉快だったのか、座ったままの赫陽がじろりと睨みあげてきた。かぐやと違って直接的な戦闘能力はないようだが、彼女によく似た顔立ちに厳しさが交じると恐ろしさが先に立つ。光典は話題を変えるように咳払いをした。
「そ、そういえば、月の話はどのように仕入れたんだ? 遠見でも使えるのか?」
 縁を切るような形で地上に残った以上、彼らにその情報を伝える者がいたとは考えにくい。ゆえに光典は異能の一種である「遠見」を口にする。しかし、返ってきたのは羅快の否定と赫陽の鼻笑いだった。
「いや、先日、革命軍から使いが来た。平たく言えば和平交渉をしにな」
「『月から離れたあなた方まで咎めようとは思いません。お互い不干渉ということで済ませましょう』、ってところかな。彼らも月の鬼神を再び相手にはしたくなかったみたいだね。随分と慎重な物言いだったよ」
 曰く、かぐやの召喚に失敗したと報告を受けた彼女たちの父王は、家族を連れ出奔。大臣や近衛兵も同様に逃げ出した。するとその情報はすぐに国中に広まり、革命軍が一気に王都に攻め込んだ。上層部があらかた逃げ出し瓦解した王都の制圧完了には長くはかからず、その後数日のうちに逃げ出した王たちも捕まった。王たちは処刑され、新たに革命軍から王が立てられた、とのことだ。
 革命軍の使者が伝えたという内容を聞き終わると、光典は改めてかぐやがどれだけ彼らにとっての脅威であったかを認識する。話に聞く限りではほぼ圧勝の形で国を覆した革命軍。その彼らが、かぐやが国を捨てたことを知るまでの間進攻を躊躇せざるを得なかったというのだ。普通では考えられない。
「帝が絶対に政争には巻き込まないと念書までしたためられるわけだな」
 それは光典の主から聞いた話。騒ぎの収束を行う合間に、帝は翁とかぐや宛に文を送ったらしい。その内容は今光典が口にした通り、かぐやを決して歴史の表に出さない、というもの。政争に巻き込まない代わり、彼女にも決して表に出ないように、と約定を交わすものだったと聞く。
「ああ、それ父さまたちが話していたよ。かぐやったら、『ちょうどいいから私がもう大人しくしてなくていいように噂流して』なんて言ってた。まぁこの通り、成功しているわけだけど」
 赫陽は過日を思い出したのか呆れたように長く息を吐く。この通り、と言って見やったのはまたも別の男を相手取るかぐやだ。見れば垣を越えて人が並んでいた。
 今世間に流れている噂は、「かぐや姫は天人の姫であったが、実は大層なじゃじゃ馬であったため、天人たちも呆れ返り結局連れて行かれることはなかった」というもの。肝心なところは隠されているが、ほとんど合っているのが恐ろしい。さらにその噂を裏付けるようにかぐやが猫を被ることをやめたため、噂は彼女の美しさが音に響いた時同様に広まった。
「かぐやが死ぬまで、だったかな。殺されはしないだろうから、何千年後の話になるやら……」
 ぽつりと赫陽がもらすと、光典ははてと首を傾げる。
「天人にも寿命があるのか?」
 地上の伝承では天人、そしてかぐやが食らったという鬼も不老不死の存在だ。かぐやの話から殺されることがあるのは理解したが、光典は未だに彼らに寿命があるとは思っていなかったのだ。その不思議そうな顔を、赫陽はすがめながら見上げる。
「あるよ。僕たちは長寿なだけで不老でも不死でもない。かぐやだって若く見えるだけで、多分あなたと同い年くらいだよ。――もっとも、鬼を食べてその生命力を得たあの女は、あなたはもちろん、純粋な天人の羅快や僕より長生きするだろうけどね。……ところで、あなた敬語抜けるの早すぎない?」
 敬語が抜けていることを指摘された光典は視線をそらして小さく咳払いをした。見た目がまだ若いのとかぐやの弟という気安さから、つい普通に話してしまっていたのだ。何と言い繕うか考える光典に、赫陽は「まぁいいけど」とどうでもよさげに言ってやる。安堵の息を吐いた光典は再びかぐやに視線を戻し、今度は別のことに首を傾げた。




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