演舞を楽しんでいたかぐやは、ゆっくりと近付いてきた人物に気付き動きを止める。
「面白いことをしているな、かぐや。調子はどうだ?」
いつもの皮肉な口調に皮肉な笑い。かぐやも応じていつもの悪童の笑みを浮かべた。
「もちろん絶好調だよ。59戦59勝。でも相手が弱すぎちゃってねー。身体なまっちゃうよ」
ぶつぶつと文句を言いながら竹光を振り回すかぐや。型にははまらないが、それに目標がいればとうにギタギタだろう。
「阿呆。お前の能力を全力で相手出来る奴が地上にいるか。……ところで、お前俺に何かしたな? あの使者の爺が来た日」
腕を組んで半目でかぐやを見れば、かぐやは悪びれるでもなく舌をぺろりと出した。
「さー、どうかなー?」
「とぼけるなって。いきなりあんな力使えるようになったから、あの後主たちに色々訊かれて大変だったんだぞ。まあ、次の日から使えなくなっていたし、一時的だったんだろうが、ああいう力を貸し与えるつもりならちゃんと言え。気付かなかったらどうするつもりだったんだ」
呆れたように光典は頭を抱える。本当にあの時思い出したからよかったものを、今考えると恐ろしさで背筋が冷えて仕方ない。そんな光典の訴えをよそに、かぐやはぼそりと「使えなくなった?」と呟いた。そして、視線を縁側に腰かけている赫陽とその横に立つ羅快に向ける。視線に気付いた赫陽は面倒そうな顔をするものの顔を横に振り、羅快も赫陽を腕で示しながら小さく頷いた。
3人のやりとりに、光典とちょうど表に出てきた翁たちは揃って不思議そうな顔をする。何だ、と光典が問いかけるが、かぐやは「何でもない」と笑った。その笑顔はたとえ嘘だとばれようと頑なに真実を口にしない時のそれ。気付いた光典は先ほどと違う諦めを抱いて息を吐く。
そして、気を取り直すように咳払いをした。あの力についても実際訊きたかったことだが、今回わざわざかぐやの前に来たのはそのためだけではない。光典は心の中で自身を叱咤する。一言口にするだけだ。「自分も挑戦する」、と。
意を決して口を開きかけた、その時。
「ねぇ」
呼びかけ。ほぼ同時に喉元に突きつけられる竹光。息を飲む光典に、かぐやは悪童のように笑いかける。
「あんたも挑戦しない? 他の奴らよりよっぽど楽しくなれるでしょ?」
気軽な口調での誘い。それに嬉しそうな顔をしたのは光典ではなく、赫陽たちとは別の場所に腰をおろした翁嫗の2人だ。これはもしやようやく意中の人を見つけたのか、と。
「……ああ」
小声で返すや、光典は真剣の隣に佩いていた竹光を引き抜いて構えた。
「かぐや、俺の嫁になれ」
結婚を申し込んでいるのか決闘を申し込んでいるのか分からない口振りの口上に。
「――ええ」
かぐやはにっと笑って竹光を構え直す。
「私を倒せたらね」
これまた結婚の条件を出しているのか決闘の買い言葉を述べているのか分からない返答。
互いに間合いを取り相対する。一騎討ちの前の緊張感。同等の思いは、子供が遊びを始める前のわくわくした感覚。
風が一陣吹き抜けるのを契機としたのは、果たしてどちらであったか。
「いざ尋常に――勝負っ!!」
爽やかに弾けた言葉と打ち合いの高音が、雲ひとつない蒼天に響き渡る。