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 馬蹄型をした酒場の2階、膨らんでいる側に当たる入り口正面の真上には、個室がいくつかある。とはいうものの、壁があるのは通路側と隣の部屋の境だけで、内側は2階の他の部分と同じく手すりで囲われている。つまり個室とはいえ正面や斜め方向から中は丸見えになってしまうのだ。そのため、対策として布を下げたりする者も多い。

 現在個室の中央――最も広く面積を取っている上客専用の部屋――で酒を呷る男・ランダルもまた布で内部を覆い隠すひとりだ。部屋にいるのは彼と親しい友人が数人きり。「寄ってくる」と言いつつもいつも巧妙に周囲にはべらせている女性たちはひとりもいない。

「くそ、何であんな冴えない男なんかに俺が……っ」

 杯を叩きつけるように机に置くと、向かいに座っていた茶髪の男が即座に酒を注ぐ。

「落ち着けって。あれだけの見た目だ。これまで散々いい男は見てきたんだろうよ。今はちょっと別の味が食いたいだけさ。少しすれば落ち着く」

 言外に少しの間待っていろと告げられ、ランダルはむすりとしてまた一気に杯を空けた。

 友人の言葉の意味は分かる。ランダルも普段ならばもう少し冷静になるだろう。だが今はこの状況がとても許容出来ないでいた。それは愛だの恋だのの感情論ゆえではなく、表には出さないが強い自信を持つ容姿も対外的な性格もルーシアをなびかせられないという事実に対して。

 あの美貌で、あの職業だ。男を知らないとは思っていないが、少なくともこの町では誰もが彼女に袖にされている。ならば自分が、と確信すら持って挑んだ最初のアプローチは笑顔の中の警戒と嫌悪の視線でかわされた。その視線の意味は、わざわざ正義の町に移住してきたことを鑑みた結果、何となく男関係で嫌なことがあったのだろうと理解出来ている。

 しかし、彼女はあの男を――ベイルを、受け入れた。よりにもよってランダルが最も嫌う男を。

「お前昔からベイルのこと嫌いだったもんなぁ。あいつに負けたとあっちゃそりゃ苛つくよなぁ」

 けらけらと笑いながら斜め横の席に座る金髪の男が茶々を入れる。幼い頃からランダルを見知る彼にはランダルの不機嫌の理由がよく分かるらしい。じろりと彼を睨みつけるが、慣れている金髪の男は気にした様子もなく手酌で酒を満たしている。

 深く息を吐き、ランダルはソファに深く座りなおした。そう、ランダルはベイルが嫌いだ。何せ彼は、ランダルが継ぐはずの次期町長の座を唯一争い得る人物だから。自分の方が優秀だという自負を持つものの、万が一の場合ランダルはその地位を追われる。そんな彼に、別件とはいえ負けることが腹立たしい。

 茶髪の男が差し出されたランダルの杯に再び酒を注いでいると、戸をノックする音がする。茶髪の男が誰何すると、それは遅れてきた別の友人だった。許可を得て入ってくると、鮮やかなオレンジ髪の男は手に持った紙を揺らしてランダルに皮肉げな笑みを向ける。

「ランダル、袖にされて良かったかもしれないぜ。あの女、罪人(、、)だ」

 手渡された紙に書かれた内容に目を通し、全て読み終わると、ランダルは紙を握り潰して部屋を出て行った。その顔に浮かんでいたのは残虐な笑み――。

 


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