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 ぼんやりと聞き覚えがあるそれは、宮の見学中に出会った少年たちのものだ。声の主たちを思い浮かべながらルイスはそちらに体を向ける。近付いて来ていたのは予想通りの少年2人――に加え、彼らと会った時同時に会った少年2人だった。
 声をかけてきたのはにこやかな笑顔の眼鏡の少年・片倉かたくら 咲也さくやと、人懐っこい笑顔を見せる小柄な少年・菱木ひしぎ 和俊かずとし。彼らの後ろには難しい顔をしているこちらもまた小柄な少年・東原ひがしばら 悠一ゆういち、そして何か薄い板を顔の横に構えている大柄な少年・さかき ひじりがいる。
 彼らは全員15・16歳の学生とのことで、ルイスとはそこそこ離れていた。そんな気安さからか、ルイスは自然と柔らかい笑顔を浮かべる。
「ありがとう、ちょうど連れが別の所に行っちゃったんだ」
 最近近くにいるのが仕事仲間なことが多いため普段は敬語ばかりのルイスだが、仕事も関係ない年下とあれば自然と口調は親しげなそれに変わっていた。
「あの後宮の見学どうでした?」
 あの後、とは、恐らく彼らと会った後のことだろう。立てた指先をくるりと回した咲也の問いかけに、ルイスは少し遠い目をする。
「ベルモンドさん――ああ、あの白っぽい金髪してる男の人の方なんだけど、そっちがもうずっっっっっと手合せの輪から動かないから、最後の辺りはそこで集まった人たちと話している感じだったよ」
 最初の頃は多少遠慮していたのに、最後の辺りは住民たちと混じって「次俺!」と声を張り上げていた。勝っては負けてを繰り返した結果、最終の戦績は12戦6勝5敗1引き分けとなり、集まっている面々からは賞賛を集めていた。自慢気なあの顔は、彼を敬愛してやまない妹君が見たらさぞ喜んだことだろう。
「ああ、なんかすっげー楽しんでたって聞きました。レオンさんのことだったんすね」
「予想通りっちゃ予想通りだけどなー」
「あはは、だね」
 この短時間でどこまで認識されてしまってるのだろうあの人は。笑い合う咲也・聖・和俊の許容度を賞賛すべきか、レオンの裏表のなさを賞賛すべきか、ルイスは少々呆れながら口元を緩める。
「そういえば、さっき何かハーティさんと揉めてなかったっすか?」
 思い出したように咲也が疑問を口にすると、そういえば、と疑問を帯びた少年たちの視線が一斉にルイスに集まった。先ほどから興味なさげな悠一までちらりと視線をよこすほどだから相当気を引いたのだろう。ルイスは困ったように頬を掻く。
「いやね、一緒に来た女性陣が着替えさせてもらったみたいなんだけど、ちょっとそれにコメントするの断ったら怒られちゃって……」
 しろどもどろな説明に、少年たちからは「あー」と声が漏れた。言外に含まれる「それは怒られる」という思いが伝わってきてますます居たたまれないルイスは引きつり笑いを浮かべながら視線を脇に逸らす。
「女子はそういうの言ってやんないとキレるからなぁ。世界違っても同じなのな」
「な。え、てか何でルイスさん断っちゃったんすか? 可愛くなかった?」
 純粋な目でとんでもないことを尋ねてくる聖にルイスは慌てて手を振った。
「いやいやっ、そんなことはないよ!? みんな似合ってたと思う。でも、僕ほら一応軍人で、女子部には着ている物について言及しないっていう決まりもあるからね。そういうの言っちゃうのはちょっと抵抗あるんだよ」
 軍人、規則。単語だけでも厳しさが伝わってくる。平和な世界のただの学生としては、「そんなもの破ってしまえ」とは言い難い。顔を見合わせる少年たちに、分かってくれたか、とほっとしたのも束の間。再びルイスに向けられた三対の視線は面白がっているものだった。この視線には覚えがある。学生時代の友人たちと同じものだ。
「じゃあじゃあ、彼女たちに直接じゃなければいいですよね?」
「ぶっちゃけどうだったんすか? 可愛かった?」
「大人の男の人の意見って聞くことないからなー。聞かせてくださいよー」
 ああもうこれ完全に学生のノリだ。ルイスを囲むように一歩前に出た少年たちは目を輝かせいたずらっ子のような笑みを浮かべている。そんな中正面に来た聖の手にある板が少々異質だったが、そちらに気を向けている余裕は今のルイスにはなかった。
 たじたじとしていると、ひとり後ろに残ったままの悠一が呆れた調子で船を出す。
「諦めた方がいいぞ。そいつらしつけぇから」
 ――ルイスが期待していた方向とは真逆の助け舟を。
 やっぱりそうか、と諦めた笑いを浮かべると、ルイスは口元に指先を当てた。
「言うけど、内緒だよ?」
 いい? と重ねれば、前のめりの少年たちは「うぃーす」「はーい」「いえっさー」と若さゆえの気軽な返事をしてくる。その気安さに引きずられるように、ルイスは普段より幼さを混ぜた笑みを浮かべた。
「みんな可愛かったよ。マリアンヌは演劇の衣装みたいだったのに堂々と着こなしてたし、エイミーさんはイメージ通りの柔らかさがよく出てたし、リーナさんは珍しい組み合わせだったけどよく似合っていたしね」
 仕事仲間を褒めたの久しぶりだよ、と照れた様子を見せるルイスに礼を述べると、聖は手元の板を下ろし、咲也と和俊はきょろきょろとあたりを見回す。
「そんなに可愛かったんだったら俺らも見たいなー」
「そうだね、ちょっと探してこようか」
「あ、俺も俺も」
 じゃあルイスさんまたね、と手を振りつつ、3人はささっとその場から姿を消してしまった。本当に内緒だよ、と少し大きめの声で言えば、姿の見えない少年たちは「分かってる」と返してくる。
「……大丈夫かな」
 ぽそりと呟いてから、ルイスはふと悠一が残っていたことに気が付いた。
「えーと、悠一君? だったかな? どうしたの?」
 身長が大変低いうえに顔立ちが少女じみているのでついつい扱いを間違えそうになるが、そうすると突然火がついたように怒り出すのは昼間の見学の際に目の当たりにしているので気を付ける。ちなみに怒らせたのは当然レオンであった。
「…………」
 押し黙ったまま見上げてくる悠一の表情は怒っているようにも見えるが怒っていないようにも見える。ともすれば戸惑うか不愉快になりそうな状況だろう。だが、真面目な顔をしている時の元上官を彷彿とさせる雰囲気ゆえか、ルイスは平然とただ疑問だけを映してその目を見返していた。
 しばらくの沈黙の後、悠一はふいと背中を向ける。
「あんたも災難だな」
 そんな一言を残して。どういう意味、と問いかけても、先の少年たちと違いその背中は答えを返さず人ごみに消えてしまった。
 しばしの間首を傾げていたルイスだが、考えていても仕方ないと気を取り直す。とりあえず、食事でもして回ろう。意気揚々と決意して、彼の姿もまた人ごみに紛れていった。