整備された池を眺めていると、不意にそこを大きな影が横ぎった。セザリスも同じことに気付いたようだ。彼はトマスより先に椅子から立ち上がり、屋根の影がかかるぎりぎりで足を止めて空を見上げる。そして、ぎょっとした様子で半歩後ずさりした。
「どうしました?」
「何かいるんスか?」
ルイスとトマスがセザリスの横に並んで空を見上げようとしたその瞬間、突如目の前に何かが降り立った。鮮やかな赤がまず目に入り、続いてそれがカエルの顔をしていることに気付く。さらに一呼吸置いた時、それがただのフードで、それを纏った人物が少女をひとり背負って降りてきたのだと皆が気付いた。
「こんにちはー」
「こんに、ちは」
カエルフードの人物が元気に、彼の背に負われた小麦色の髪の少女が拙く挨拶してくる。少女の表情は動かないように見えるが、双眸は輝き、どこか興奮している雰囲気があった。
セザリスたちが動揺を隠しきれない様子で、それでもなんとか挨拶を返す。少女の表情はやはりあまり動かないが、満足そうに数度手を軽く叩き合わせた。どう対応すればいいのか、と迷っているうちに、謝に状況を報告するからと席を外していたアランが帰ってくる。
「ロニーさん、ジルダさん、どうしました?」
当たり前だがやはりここの住人らしい。アランに声をかけられたロニーと呼ばれたカエルフードの人物は軽く肩を揺らして少女――ジルダを示した。
「ロニー・コースターやってたらジルダちゃんがお客さん見つけて。挨拶したいって言うから降りて来ちゃったんです。……あ、驚かせちゃったならごめんなさい」
思い至ったように慌ててロニーが頭を下げると、背中のジルダもぺこりと頭を下げる。気にしてない、と大人の余裕を示しつつ、ルイスとトマスは「ロニー・コースターって何だろう」と疑問を抱いた。その隣で、セザリスがひとつ咳払いをする。
「ロニー君、だったか。その、ロニー・コースターというのは、先ほど私が見たような――君が屋根や木の上を飛び回るあれのことか?」
自分の目で見たものが信じられない、といった様子のセザリスに見開いた目を向けてから、ルイスとトマスはそのままの目をロニーに向けた。その視線の中で、ロニーはにっこりと明るく笑う。
「はい! 僕魔力高くて、自然と身体能力が強化されてるんです。それを利用して飛び回るのが通称ロニー・コースターです」
くるり、と背中を向けると、ジルダの体にハーネスベルトが巻かれているのが一同の目に入った。そのベルトは、ロニーの体に巻かれているベルトにつながっているようだ。
「ちなみにこのハーネスベルトはうちの兄の特製でして、衝撃吸収の効果が付与されている大変頑丈なものです。安全性は保障されております」
心配そうなセザリスに気を遣ったのかアランが補足する。そうか、と頷きながらもその目はやはりどこか不安げだ。一方で、目を輝かせているものがひとり。トマスだ。
「すっごいッスね! 人を背中に乗せたまま飛び回れるんスか? どんなサイズも?」
勢い込んで尋ねるトマスに、ロニーは胸を叩いて見せた。
「うん。もちろん、君も出来るよ。一緒に遊ぶ? あっちに僕の友達が何人かいるんだけど」
そう言って指差す先は白亜の宮。しかし、決してその建物内のことを言っているのではないだろう。ルイスが念のため、と「あの建物?」と訊くが、気負わない笑顔で「その向こう!」と返された。
「行、こ?」
ロニーの背中から手を伸ばしたジルダがトマスの肩口を指先で摘まむ。可愛らしい誘いに、トマスは明るく笑い返した。
「喜んでッス! あ、俺、トマス・ノーランドって言います。トマスって呼んで欲しいッス」
手を差し出せば、まずはすでに手を伸ばしていたジルダがその手を握り返す。
「ジル、ダ。主様の、人獣」
誇らしげな顔と言葉だが、その詳細は伝わらなかった。ちらりとトマスはアランに視線を向ける。様子を見ていたアランは一度噴き出すように笑ってから平を上に向けた状態の手をジルダに向けた。