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「ジルダさんは純粋な人間ではありません。人獣、と呼ばれる、獣型や獣と人が混じった姿、あるいは今のような人の姿になれる種族の方です。彼女たちの世界では人獣にはまだ十分な人権がないため、姓を持つことは許されず、また、主を持たずに存在することも許されません。ジルダさんは、ジェンティーレさん、という女性の方の人獣です。ああ、ジェンティーレさんは人道的な方ですので、人獣は大事にしていますし、特にジルダさんたちのことは家族として扱ってらっしゃいますよ」
 アランの説明に応じて、ジルダが軽く姿を変える。耳がイヌ科の獣のそれとなり、もふもふとした小麦色の体毛が顔や腕周りに生えた。尻尾も出ているのか、臀部でんぶの辺りが膨れ上がる。
 またも客人たちは衝撃に包まれるが、幼い少女に怯えるのは――「怯えられた」と思わせるのは、大人として致したくない行動だ。ルイスが「そうなんですか」と笑顔を取り繕い、セザリスがなるべく顔を和らげている中、一瞬痛ましそうな顔をしたトマスはふっと頬を緩めた。そして、握手を解いた手でジルダの頭を撫でる。
「いい主様でよかったッスね。俺の主もとってもいい人なんで、後で紹介するッス」
 かつて自分がエリザベスに拾われた時のことを思い出し、トマスは深い笑みを浮かべる。そんな彼の心情に近しい何かを感じ取ったのか、撫でられているジルダはここに来てようやく「微笑み」と呼べる程度に口元を動かした。
「僕はロナルド・アベーユ。ロニーって呼んで」
 少し間を空けてから今度はロニー――ロナルドが手を差し出してくる。トマスは「ロニー君ッスね」と躊躇なく愛称を呼びつつ握手に応じた。
「じゃあ行こうか、跳んでけばすぐだから――」
「ロニーさん、ハーネスベルトなしで跳び回るとリーゼさんに怒られちゃいますよ」
 トマスを担ぎ上げようとしたロナルドは、アランの軽い制止にびくりと震えて動きを止める。
「リーゼさん?」
 ルイスが鸚鵡返しで尋ねると、ロナルドの姉だ、と返された。
「うー……姉ちゃんは心配性すぎるんだよなー。小さい子たちならともかく、僕と同い年以上の人たちの時まで怒るんだもん」
「安全、第、一。楽しく、あそ、ぶためには、ルール、必要。主様、言って、た」
 長い手足をたたんで大きな体を丸めるロナルドの頭を、ジルダは慰めるように撫でる。
「ちぇー、分かったよー。じゃあ歩いて行こうか。行こう、トマス君」
「はいッス! あ、じゃあ俺ちょっと遊んできますね!」
 残るルイスとセザリスに大きく手を振り、トマスは意気揚々と目的地へと向かった。
 そうしてたどり着いた先でトマスを迎えてくれたのは、ロナルドたちの友人だという面々である。まずロナルドと同じ世界に住み、かつ元の世界でも面識のあるの少女たち、アルバ・エスペランサとボニト・ミスカ。同じ世界に住んでいるが元の世界での面識はない少年少女、アベル・ブローサとディエイラ・ムーンスティア。ジルダと同じ世界であり、彼女と同じ主を持つ少年、アロルド。誰とも違う世界に住む少女たち、ファーラ・リッドソンとノーチェ。この7人である。自己紹介してくれた彼ら曰はく、ディエイラが鬼、アロルドが人獣、ノーチェがホビット、残りの面々は普通の人間らしい。
 随分年齢がばらばらに見える組み合わせだったので年を訊いたところ、ロナルドとアルバが15歳、アベルが12歳、ファーラが11歳、アロルドが10歳、ノーチェとディエイラとジルダが8歳、ボニトが5歳だそうだ。それを聞いた時、トマスはロナルドの年齢にまず驚き、次いで彼が――そして彼に触発されてアルバたちが勘違いしている「あること」に気が付く。とはいえ、いつものことなので訊かれるまではわざわざ言うつもりはないので黙っていた。早くも「友人」として対等に対応してくれる彼らの行動が嬉しかったから。
「では、次の回はトマス殿に譲ろう」
 ここに連れて来られた経緯を説明し終わると、ディエイラが提案した。
「よいのか? 次はディエイラの番であるぞ」
 ちらちらとトマスを見ながらノーチェがディエイラの袖を引く。どちらも口調は子供らしくないが、ディエイラの方が中身も伴っているらしく、まるで気にしていない様子で牙をのぞかせた。
「もちろんだ。はいつでも乗せてもらえるからな。客人に譲るのは当然だろう。――ふふ、そんな顔をするなノーチェ、此はちゃんとの気遣いも分かっている」
 気遣いが的外れだったかとしょぼくれた顔をするノーチェに吹き出し、ディエイラは彼女の両頬を掌で挟んでぽにぽにと押しては引いてを繰り返す。
べふに落ち込んでないある! 我輩はそんなにお子様ではない!」
 手をばたつかせて主張するものではない。トマスも思わず笑いをこぼしていると、ロナルドが視線を向けてきた。
「ということらしいけど、どうする?」
 やってみる? と言外に尋ねられ、トマスは僅かな逡巡ののちに大きく頷く。滅多にない体験だ。やらないよりはやった方がきっと楽しい。
「お願いしますッス!」
 力強い是を受け取り、ロナルドはトマスを空へと連れ出した。