悠一(『魔法にかけてツンデレラ』)
カリーヌ(『六芒小隊』)
表示されたふたつの名前は男女のそれ。よりにもよって彼に女物の衣装が当たるとは、と陽菜乃と卯月が苦笑と引きつった顔を見合わせる。
「おい、カリーヌって誰だ――」
同級生たちからの心配を受けていた悠一が近くにいた友人たちに見慣れぬ名前の主を問おうとした瞬間、その姿はステージ上に現れた。そして、同じく連れてこられ隣に立つ自分より背の高い(女性の平均的な身長の)金髪碧眼の少女・カリーヌに気付き一気に不機嫌な表情をする。
「おい冗談じゃねぇぞ! 何で俺が女の格好なんてしなくちゃなんねーんだよ!」
声を大にして文句を言うことを憚らない彼に、一方のカリーヌは悠一が男であることを認識した。中性的で小柄な少年ゆえ、一目で悠一の性別が判断できなかったのだ。しかし、彼がその容姿にコンプレックスを抱いていることまでは考えが至らず、単に女性と衣装交換が嫌なだけだと解釈する。
『では交換なさいますか?』
「当たり前――」
「あら、そのまま続けていいわよ謝さん」
今にも噛み付きそうな悠一の言葉をステージ下の女性の声が遮った。声の主は酒の入ったグラスを片手にしている悠一の姉・優美子である。悠一は「余計なこと言うな」と言わんばかりに彼女を睨みつけるが、優美子はにこりと動じない笑みを浮かべた。
「――いいわね?」
逆らうことなど許さないと言外に隙間なく詰め込まれた問いかけに、幼い頃からの刷り込み他諸々の理由から彼女に勝てない悠一はぐっと言葉を飲み込んだ。強制的ではあるが納得した様子を見せたので、謝は衣装交換の指示を出す。
煙が晴れると、悠一はカリーヌの衣装を身に着け、髪は長さが足りぬために崩れがちだが顔の脇で三つ編みになっていた。カリーヌは、どうやら悠一たちの規定衣装が制服だったらしく、先ほどまで悠一が着ていた私服ではなく学校の制服に身を包み、髪はいつも悠一が髪をまとめている高さでひとつしばりしている。
「おー、凄ーい」
感心した様子でカリーヌは両腕を伸ばしたり背中を見ようと首を巡らせたりとはしゃいだ様子を見せた。
「カリーヌ可愛いぞー! 似合ってる、めちゃくちゃ似合ってるぞー!」
「カリーヌ姉可愛いー!」
「エクトル、フェリシー、分かってるから騒ぐんじゃない」
そんな様子に感極まってファミーユ兄弟長兄のエクトルと末妹のフェリシーは興奮した様子で両腕を振ってアピールする。そんな兄弟たちを長女のアガットが叱りつける様子を見てやや照れた様子でカリーヌは笑った。実は次兄のロイクが帰ってきたら写真を撮ろうと双子同然の兄・ジョスランと話していることに彼女はまだ気付いていない。
兄弟たちに手を振り替えしているカリーヌの横では悠一が早速ステージから降りようとしている。女性の衣装にしては比較的大人しいが、長袖の袖口と裾にフリルがついているのが耐え難い。
すると、歩き出した悠一に揶揄する声が飛んできた。
「ははは、おい悠一結構その格好似合ってるぞー」
「お前ならそこの兄弟の末っ子の衣装でも可愛く着こなせたんじゃないかー?」
違いない、と笑いが巻き起こる中、歯を強く噛み締めた悠一が僅かに前傾姿勢になる。
「…………ぶっとばす…………っ!」
不穏な空気をあからさまな殺気をまとった悠一に気付いたカリーヌは慌てて彼の両肩を掴んだ。
「まっ、待った待った! えっと、悠一くん? ただの軽口だから落ち着いて、ほら」
言いながらカリーヌは能力を発動させ、彼の波立った心を落ち着けにかかる。ジョスランのような複雑な思考回路の者にすら効果があるそれは、比較的単純な悠一にはすぐに効果を見せた。
「…………ちっ」
舌打ちすると、悠一は先ほどまでの怒りを霧散させてカリーヌの手を払って大人しくステージから降りていく。カリーヌもほっとした様子でそれに続くと、階下で立ち止まった悠一が振り返った。
「お前今何した?」
問われ、意外に勘がいい、と感心しつつ、カリーヌは笑って軽く「とくしゅのーりょく」と返すに留める。悠一は鼻を鳴らして肩を竦めると大人しく元いた場所に戻っていった。元の場所で友人達と何やらやり取りをしてまた怒った様子を見せているが、じゃれているだけだろうと判断して自身も兄弟たちの元に戻る。
悠一が勘違いしないように、と理由を叫びそうになった長兄が他の兄弟たちに力ずくで止められて落ち込んでしまったのを慰めるために忙しくなるのは、このすぐ後のことだ。