左目の光を完全に失った若太の生活はそれまでと一変してしまった。まず片目になったために遠近感が狂い物にぶつかったり転びそうになったりすることが増え、よく怪我をするようになった。左半分の視野が減ったため車での登下校が出来なくなり、年上の家族の送り迎えやバスの使用が必須になった。失明したことに慣れるまでは、と勧められた医療用眼帯はあちこちで若太に視線を集める道具になった。
それでもいつもの「大丈夫」で済ませ続けた若太は、言葉通り腐らずに自身の状況に慣れるように努め、友人たちは気遣いつつも以前通り彼と接するように心掛けてくれている。
そんなこんなで少しだけ自分の視界にも慣れ始めた12月、開発は終盤に向かい、3年生――卒業学年である若太たちの学年は就職活動が本格的に始まった。この学校に来る求人はほぼ全てプログラマーの求人であるため、視力に問題があるとはいえ技術的には優秀の部類に入る若太は能力的には問題がない。楽観はしないが悲観もせず、彼もまた友人たち同様就職活動に精を出した。
だが、ここで若太は思いがけず追い詰められることになる。
「あー、また落ちた」
時は進んで2月前半。卒業までのカウントダウンが始まる時期になっているというのに、若太は不穏なことを呟いてパソコンの前で頭を抱えた。彼が開いている画面は学校で割り当てられたメールソフトの受信メールを映している。そこに書かれているのは「今回の採用は見送らせていただきます」というお決まりの文句。
「また? お前面接まで行くし喋るの得意なのに何で?」
驚いたように、若太以上に信じられないという様子を見せるのは隆臣だ。若太は「俺が聞きたい」と力が抜けた調子で机にへばりつく。現段階で就職先が決まっていないのは若太を含め数名だけだ。隣に座る隆臣はすでに大会社に就職が決定している。
「変だねぇ、こないだミカっちがディベートテストの時強引じゃないのに主導権握ってて凄かったって言ってたのに」
後ろで聞いていた来良が背中をそらして肩越しに若太たちを振り返った。彼女も東京の有名企業に就職が決定済みだ。しかも学年でも早い段階で。
「うーん、何でだろうねぇ」
苦笑しながら若太は肩を竦めて見せる。だが、若太は本当はこの理由を理解していた。筆記試験は通る。面接もいい感じに話せている。――この目の話題に触れるまでは。
大抵の面接官は質問のどこかで左目はどうしたのかと訊いてくる。嘘をついても仕方ないので、若太は素直に目のことを話すのだ。そうすると、車が使えない、慣れるまで時間がかかりそう、障害者扱い(しかもなりたて)の相手は面倒、変り種を入れて波を立たせたくない。様々な理由を彼らは思い浮かべるらしい。直接若太にそれを告げる者もいれば、「大変ですね」と流し、それまでの親しさから一変して一線を引いたような態度を取るようになる者もいた。
気持ちは分かる。縁がなかったとして諦めるのが一番だろう。若太は自身でそう結論付けてすでに20社以上にトライしている。しかし他の友人はすでに30、40、50と数を重ねているのだから、若太もまだまだ努力の余地はあるはずだ。
受け取ったお断りメールをごみ箱に捨て、若太は新しい就職先を探すべく求人スペースに向かった。その背中を、隆臣と来良は心配そうに見送る。