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 よもやここまでひどいとは、と若太は重いため息をついた。眼前にあるのはもう何通目か分からないお断りのメールだ。学校の求人だけではなく就職サイトの情報も含めて当たりまくっているのだが、結果は振るわない。

 時は3月。卒業まであと数日である。ここまで来ると、就職居残り組は若太を含めて数人ほどになっていた。最終開発も3年間の総まとめテストも全て無事に終わり、皆最後の休みを満喫するべく楽しげに計画を立てている最中だ。何組かには誘ってもらったが、春休みに暇が出来るか分からなかったため今のところ全て保留にしてある。

 しかし、浮き足立ちたくてもそうもいかない数日間が過ぎ、卒業の日を迎えても若太は身の振り方に困ったままだった。交流人数が多い分名前が知れている若太は、親しい友人や後輩の数だけ続く道がないことを知られて学校を去ることになる。

 学校は最後まで面倒を見ると言ってくれたが、これ以上迷惑はかけられないと若太はそれを断った。もはや事務職は全滅と言ってもいい。今度はファミレスなどの店先に置いてある求人広告などから就職先を探す。この際アルバイトでもいいから何かしなくては。

 いつもの「大丈夫」を口にして気合を入れて望んだ最初の面接。動き回る仕事は無理そうだが、流れてくるものの梱包などなら出来るはずだ、と履歴書を提出したのはおもちゃ工場。

 そこで若太は、面接官を受け持った社員から辛辣な一言をもらうことになった。

「あー、駄目駄目。そんな人使えないよ」

 面接官は50代半ばほどの男性で、頭部がM字に後退を始めている仏頂面の人物。彼は若太が待たされていた部屋に入ってくるなり若太の眼帯について質問し、立ち上がった若太が素直に答えるとそう返してきたのだ。若太は少し焦りつつも笑顔を作る。

「あの、ですが、これでも随分片目での生活に慣れて来て、遠近感もかなり掴める様になっているんです。それにもう片方の目は2.0あるから視力は――」

「そういう話してんじゃないんだよ」

 若干イライラした様子で男性は若太の言葉を遮った。

「あのね、あんた若いから分かんないかもしれないけど、社会人にとっては体調管理なんて最も基本的な部分なんだよ。それなのに失明しましたー、倒れましたー、なんて、そんなんじゃどこも拾ってくれるわけない。それを乗り越えましたってなら根性があるねってことで拾ってやってもよかったけど……じゃ、そういうことだから、帰りなさい。ああ、その履歴書もちゃんと持ち帰ってね」

 若太の反論を聞くまでもなく、面接官は部屋を出て行ってしまう。ひとり残された若太は何か言いたげに唇を震わせるが、僅かに俯き拳を握り締めてそれに耐えた。そして少ししてから、机の上に出していた履歴書を鞄に押し込みその工場から出て行く。何か聞こえていたのか、帰り際に顔を合わせた受付の女性は「気を落とさないで頑張ってね、あの人口が悪いから」と小声で励ましてくれた。若太はそれに笑顔を返す。

 

 

 翌日、いつもよりも鈍い頭で起きた若太は重い体を無理やり起こした。……重いのは心だろう。そう自覚しながらも、若太は大きく深呼吸し、立ち上がる。そのまま窓の近くまで近付くと、一気にカーテンを開けた。

 差し込んでくる光に目を細めるが、その眩しさを半分でしか感じないことを意識すると、途端に昨日の面接官の声が頭の中で繰り返される。

『あー、駄目駄目。そんな人使えないよ』

『社会人にとっては体調管理なんて最も基本的な部分なんだよ』

『そんなんじゃどこも拾ってくれるわけない』

 耳を塞ぐが、声は聞こえなくなるどころか過去の言葉すら引きずり出してくる。ひとつ、ひとつ、またひとつ、記憶が掘り起こされる。思い出したくもない拒絶の過去が。

「だ――」

 大丈夫。いつも通りに口にしようとし、若太は窓枠を掴んだまま膝から崩れる。見開いた目は床を見つめる。そこにぽつりぽつりと落ちるのは、透明な雫。見える右目と、見えない左目から、同じように涙が零れてきていた。

 

 『大丈夫』――?

 

 ――――何が――――?

 

 

 その日から、若太は部屋から出てこなくなってしまう。

 


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