篠月家から出ると、少し離れた場所に不機嫌そうな隆臣と落ち込んだ様子の来良が揃っているのが見える。青雲はそちらに向かい、合流すると3人は誰からともなく歩き出した。
「……若くん、どうなっちゃうんだろうね」
来良がぽつりと呟く。隆臣は不機嫌なまま顔を背け、青雲はいつも通りの無表情に見える表情のまま「さぁねぇ」と軽い調子で返す。
「どうなるかなんて篠月次第だからな。あいつに立ち上がる気力がないんじゃ俺たちが何言っても無駄っしょ。ところで結城、俺のただの自己満足に付き合う気はないか?」
分厚い眼鏡の下から見下ろされ、来良と、気になったのか隆臣の視線が青雲に向いた。
「? 出来ることならやるけど、何?」
「篠月が3日前に会ったっつー面接係へのふくしゅー」
「そっかふくしゅー……復讐!?」
何とも軽々と言われてそのまま受け入れそうになった来良は脳内で漢字変換して盛大に驚いた様子を見せる。隆臣も怪訝な顔をしていた。青雲はまた前を向きなおす。
「別に闇討ちするわけじゃねぇよ。ちょっと種蒔くだけ」
「た、種? 何する気なのにっしー君?」
「お前、犯罪行為に結城巻き込むなよな西本……?」
心底怪しむ視線をダブルで向けられ、青雲は「失敬な」と返した。飄々とした態度も語調も変わらないので恐らく怒ってはいない。
「大したことじゃねーって。ただ篠月の彼女の振りして例の会社の受付嬢辺りと世間話してくりゃいい。面接官がどういう奴なのかー、とか、彼氏が心折れちゃってーとかな。話聞いた奴がお喋りじゃなきゃそれまでの話だ」
件の会社に受付嬢がいること、その受付嬢が乱暴に面接を切られた相手に同情的な人物らしいというのは若太の家族から聞いている。なので、その「人の良さ」を利用させていただくのだ。女同士、まして年下の娘だ。恋人が〜などと聞かされたら高確率で世間話に乗る可能性がある。そして、女性とは元来お喋りな生き物。例の受付嬢がもしもその話を、たとえば昼休み、たとえば朝や夕方の着替え時、同僚に話したらどうなるだろうか。
「上手くいけばその面接官の評価下げられる。面接に来た相手を貶して帰してる上に身体障害に対する差別的発言までしてるみたいだからな」
もっとも現在の制度では残った目の視力が0.6を上回る場合は障害者認定されないので、正確には若太は障害者ではないのだが。
青雲はもう一度視線を隣を歩く来良に向ける。
「――で、どうする? 正義でもないただの自己満足で下手すりゃ人ひとり、家族がいればその分の人生狂わせかねないやり方だけど」
ただあの面接官の評価が落ちるだけで済めばいいだろう。胸がすく。しかし、たとえば度が過ぎてしまって会社から解雇を告げられてしまう場合もある。その覚悟があるのかどうかを問われた来良は、少しの間迷ってから苦く笑った。
「……私、清く正しく生きてきたつもりだけど、ごめん。聖女ではないんだ」
おかしなカミングアウト。けれど瞳の最奥に燃えるのは明暗の交じり合った感情。
「やる。私は知らないおじさんよりも友達の方が大事だもん。面接官の人柄聞いて若くんの状況話すだけなら犯罪じゃないし。それにどうせ8駅も先の工場でしょ? 結城は東京行くし、相手だって若くんの名前も住所も知らないんだからそんな怖くないよ」
来良が決断を口にすると、青雲はにっと唇を引き伸ばす。
「よく言った。じゃ、色々と打ち合わせて絶対に法律触れない言動の確認と、一応変装についても考えとくか」
「若太には絶対言えねぇなこれ」
言う必要などない、と3人とも思っているが。
これは若太のための行動ではないのだから。若太はきっと今まで自分を否定してきた相手を恨んではいない。けれど青雲と隆臣と来良は違う。自分たちの大切な友人を少しの形も整えずに傷付けた件の面接官が憎たらしくて仕方ないから、やり返したい。子供じみていると誰もが自覚しているが、やらずに入られなかった。
3人は歩きながら最後の「子供の反抗」をひとつひとつ詰めていく。すると、目前の個人商店らしき店からちょうど出てきた老人と目が合った。彼は青雲たちに気が付くと「おお」と声を上げる。
「兄ちゃんたち確か若太の友達だな? あいつん家で見たことあるもんな。今日は若太一緒じゃねぇのかい? あいつ最近全然顔見ねぇんだよな〜」
年の割りに元気な老人はしゃきしゃきとした動きで青雲たちに近づいて来た。どうやら彼は若太を知っているらしいが、現在の彼の状況は知らないようだ。
「あの、実は――」
親兄弟でもないのに自分たちが話してもいいのだろうか、と多少の不安を抱きながら、来良は恐る恐る現状の説明を始める。