若太が部屋から出なくなってから3日が経つ。その間に家族の誰かが伝えたのか、何度となく隆臣や来良、青雲たちが訪ねてきた。顔を見たくなかった若太は彼らを部屋の中には入れず、いつも扉の前で追い返す。この日も同じ繰り返しだった。
「おい若太、毎度毎度帰れ帰れって……会いに来てんだから顔ぐらい見せろよ」
しかしいい加減苛立ったのかその日の隆臣は素直には引かず、鍵のかけられたドアを強く叩く。隣に立つ来良が「ちょっと」と焦った様子を見せるが、隆臣は止まらない。
「んな差別的な連中なんて放っておきゃいいじゃねぇか。こんな所で閉じこもってたらそれこそあいつらの言ってる通りになっちまうだろ」
大声を出して扉を何度も叩く隆臣に心配したのか、若太の母と仕事が休みだった兄の竜也が顔を出す。来良は申し訳なさそうに頭を下げ、一歩下がっていた青雲はちらりとそちらを向くだけでまた扉に目を戻した。
「おい若太、聞いてんのかよ! 返事くらいしやがれ」
一際大きな声で怒鳴り扉を叩くと、向こうから少しだけ強く扉を叩き返す音がする。すぐ近くに若太が来ていることに隆臣と来良は表情を緩めた。しかし、返ってきた言葉に再び表情が曇る。
「……ごめん、みんな帰って。もう来ないでくれるかな?」
微かにかすれた声。憔悴しきった様子が目に浮かび、来良は唇を引き伸ばして表情をゆがめた。一方の隆臣は、同じように表情をゆがめるが、彼女とは違い辛さを思うより先に拒絶への怒りが表立つ。
「来ないでってどういうことだよ? 卒業して道が分かれたらはいサヨナラもう友達じゃありませんとでも言いてぇのか?」
「友達でいたいからもう来るなって言ってんだよ!」
隆臣の大声に負けない大声。若太にしては珍しい行動に、友人たちのみならず近くまで来ていた家族たちも驚いた様子を見せた。
沈黙が落ちると、若太は力の抜けた声で続ける。
「……ごめん、ホントごめん。でも、これ以上は逆ギレしそうだから、ホントに帰って。頼むから……!」
若太の言葉尻が揺れた。涙が混じったゆえだと気付いた隆臣は一度歯を食いしばると、小さく搾り出すように「分かったよ」と答え乱暴な足取りでその場を去っていった。来良はその背中と扉の間で何度も視線を行き来させ、最終的に隆臣の後を追いかけるべく体の方向を変える。
「若くん、私たちは、ずっと若くんの味方だし、友達だからね」
もう一度若太に声をかけるが、返事はない。来良は「……ほんとだよ」とつけたし、隆臣を追いかけた。
それらを視線で見送った青雲は扉に近づき、常識的な大きさでノックをする。返事はないが、青雲は構わずに喋りだす。
「こーゆー時さ、漫画とかみたいに何かカッコいい台詞言ってお前のこと感激させて連れ出すとか出来たらすげーけど、俺そんなに深い人生送ってねぇし、そもそも就活してねぇから鏑木たち以上に何も言えねぇ。だけどこれだけは言っとく」
そこで一度青雲は言葉を切る。青雲は隆臣たちや若太の家族たちに聞いた内容でしか事の顛末を知らない。本人から聞いているのは「就活マジ大変」という感想だけ。何が大変で、どんな辛いことがあって、何度挫けそうになったのか、人に心配をかけたがらない若太は何も語らなかったから。
けれど、青雲には今の心の痛みが分かるつもりだ。就活ではないが、青雲もまた、幼い頃に耐えがたい痛みに襲われている。
「本当に凄ぇ辛いことって、しばらくの間はどうしたって心に残っちまう。無理に忘れようとしたって頭ん中張り付いて離れねぇ。だから今は籠もっててもいいと思うよ俺は。嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、時間が解決してくれることってマジであるんだわ」
実体験でそう告げると、青雲は若太が返事をするかどうかも見届けずに別れの挨拶を告げてその場を去って行った。