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<知音>

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 魯粛は珍しい人物の訪問を家人に告げられ驚いて応接間に向かった。戸を静かに開けて中を見れば、さして遅くはない時間なのに蝋燭に夜中に灯すのと同じくらい火が灯っている。揺れる燭台の灯に照らされた客人の顔色は、心なしか青く見えた。

「魯大人。――突然の訪問、真に申し訳ありません」

 魯粛の存在に気付いた青年――呂秀は、立ち上がり深く頭を下げる。魯粛はそれを手で遮り、彼に近付いた。

「一体どうしたのだ伯真。そなたが私の元を訪れて来るなど珍しい、何かあったのかね?」

 内心の不安を隠しきれない声で尋ねるが、杞憂であったらしく、青年は軽く頭を横に振る。

「いえ、お願いが会って参りました。こんなこと、魯大人にしかお頼み出来ませんので――」

「頼み?」

 珍しいと、魯粛は思った。

 この青年は、彼の父が存命の時分――彼が少年の頃から滅多に人にものを頼むことはなかった。それが今、改まって頼み事があるとやって来た。何事かと知らず固くなる魯粛に、呂秀はいともあっさり告げる。

「陸口に、連れて行っていただきたいのです」

 真正面から向き合ってくる呂秀に魯粛は絶句した。陸口と言えば今連合軍と曹軍が戦をしているその最前線である。そんな所にわざわざ行きたいなど、正気の沙汰とは思えない。沈黙した魯粛に、彼の考えを読み取ったのか、呂秀はまた頭を下げた。

「危険も迷惑も承知しております。ですが……っ、ですが今行かねば後悔する気がしてならないのです。若造の戯言ではありますがお聞き届けいただきたい! どうか、子敬殿――……!!」

 呂秀は真剣だった。

 彼自身が自らを律するため、父が亡き後より決して口にせずにいた魯粛の字を呼んでしまうほど。それに、気付かぬほど。

 ひたすらに頭を下げ続ける呂秀に、ついに魯粛が折れる。

「――分かった。だが明日まで待っておくれ。私も明日にはあちらへ戻ることになる」

 了承を得られたことにほっと表情を緩めた呂秀は、礼を口にしながら、顔を上げる。その顔色がやはり悪いことが気になった魯粛は、眉をひそめて尋ねた。

「体調が思わしくないのか?」

 かなり重大なことを尋ねているかのように声を落とす彼に、呂秀は微かに唇を上げて首を振る。

「外が寒かったからそのためでしょう。それでは私はこれで。明日改めてお伺いします」

 一礼して暇乞いする呂秀を魯粛は慌てて引き止めた。

「家に帰っても誰が待っていると言う訳でもあるまい。泊まっていきなさい。その方が明日のことも含め私としても気が楽だ」

 自分の心配し過ぎだと考えようとしてもやはり魯粛はこの体の弱い青年が心配だった。幼い頃何度この「大丈夫ですから」と平然を装う手に引っ掛けられたか知れたものではない。

 頑として譲らない態勢を最初から作ってくる年長の旧友に、今度は呂秀が断ることを諦めて頷いた。確かにこの寒い中柴桑の外れまで戻らずに済むのは有り難かったのだ。

 呂秀が素直に頷いたのを見て、魯粛は手を打ち家人を呼ぶ。そして、部屋の用意、それと薬湯の用意を命じた。後者を断ろうとした呂秀の言葉を、魯粛はあっさりと受け流す。

 存外頑固な参謀殿に、呂秀は結局苦い薬を飲まされてしまった。





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